東京都内で唯一、屏風を専門に手がける「片岡屏風店」。アメリカの富裕層からアブダビの飛び込み客まで、世界中から注文が絶えない。作っているのは、もともとヒップホップとDJカルチャーに夢中だった青年だ。墨田区でものづくりの技術と人を結ぶプロジェクト「Virtual Sumida」が、三代目に話を聞いた。
空間をリッチにする、屏風という存在
三代目に「屏風の魅力とは何か」を尋ねると、いくつかの答えが返ってきた。一つは、屏風を置くだけで空間そのものが格段にリッチになるということ。もう一つは、その空間にある書や絵画、写真などを美しく見せる効果があるということだ。屏風はそれ自体が主役になることもあれば、他の何かを引き立てる名脇役にもなる。
海外の顧客の多くは、初めて片岡屏風店を知る前から、すでに屏風という存在を知っている。映画やドラマ、美術館などでその姿を目にしたことがあり、「あれは何だろう、どこで買えるんだろう」と気になっていたという人が多いのだ。
魅力は見た目の美しさだけではない。屏風は本来、四季を通じて湿気を吸ったり放したりを繰り返すことで、紙と木がなじみ、強靭さを増していくようにつくられている。空調で湿度が管理された現代の住環境では必ずしも当てはまらないが、そうした自然と対話しながら仕立てられる工芸品であることも、屏風という存在の奥深さの一つだ。
和紙に光が当たると、表面がやわらかく反射し、部屋の空気そのものの質感が変わる。刷毛で貼られた和紙の継ぎ目には、機械では出せない微妙な陰影が残る。この"どんな場にもはまる"という懐の深さから、片岡屏風店には撮影の背景として使いたいという依頼も少なくなく、屏風という存在が持つ独特の格式と華やかさが、様々なシチュエーションで求められていることがうかがえる。
高円寺のDJ少年が、屏風職人になるまで
祖父、父と続いてきた家業の三代目だが、東京の中でも音楽やストリートファッションが色濃いカルチャータウンとして知られる高円寺で育ち、洋楽とヒップホップカルチャーにどっぷり染まった少年時代を過ごした。「屏風に囲まれて育ったわけではない」と本人は笑う。転機は17歳での短期留学だった。語学学校で「自国の文化について」語り合うカリキュラムがあり、アニメや音楽の話はできても、日本の伝統的な文化については「寿司、侍、忍者」といった表面的な特徴しか話せず、トラディショナルな部分について深く語れない自分に気づく。
「自分のアイデンティティって何だろう……」
帰国後、自分のアイデンティティを考えるようになり、初めて父の仕事――屏風づくりという、極めて日本的な仕事を意識し始めた。大学在学中に「家業を継ぐ」ことを決め、そのマインドを持ち卒業後1年間アメリカに渡り、英語力と自分なりの視点を磨く。帰国後は新潟県にある協力工場で、屏風の骨格となる「芯材」づくりなどを1年半かけて学び、正式に店に入った。
職人の技――和紙、刷毛、そして感覚
屏風づくりの中核をなす「表層」の技法――刷毛で和紙を貼っていく工程には、実は明確なマニュアルが存在しない。
「糊の量も、水の加減も、その日の湿度や気候で全部変わる。エアコンの風が直接当たると紙が急に縮んでシワになったりもする。もう感覚でしかないんです」
とくに緊張するのは、書や絵画など、他の作家の一点物の作品を屏風に仕立てる特注案件だという。書や絵画を屏風の形に合わせて裁断する必要があり、一点物ゆえのシビアさと向き合いながら、三代目は今も現場の感覚を大切にしている。
海外のお客様の場合、湿度が高い地域に届いた屏風にわずかな紙のシワが出てしまうこともある。そんな時も、ビデオ通話で状態を確認しながら「加湿器を近くに置いてみてください」とアドバイスし、紙が自然に伸びて解決することも多いという。届けて終わりではなく、その後も顧客とやり取りを重ねながら一枚を大切にしてもらう関係を築いている。
世界中から屏風を求めて人が来る
三代目のもとには今、アメリカ、イギリス、フランス、ベルギー、トルコなど、世界中から注文が届く。とくにアメリカの富裕層からの依頼が多い。フランスからの引き合いが多い背景には、江戸時代のパリ万博以来の日本文化への深い理解があるという。
海外の顧客の多くは、Googleで「folding screen Tokyo」のように検索し、都内で唯一の屏風専門店として片岡屏風店にたどり着く。彼らが比較対象とするのはeBayなどで売られる状態不明のアンティーク屏風だ。
「向こうはアンティークとして満足される方もいますが、うちは"自分の希望通りのオリジナル"を作れるところに違いがあります」
直近では、アブダビから来店した客がその場で仕様を決めていったという飛び込みの成約もあった。海外向けに人気なのは、軽くて持ち運びやすい四曲(4枚折り)サイズ。一方で、大きな邸宅を持つ顧客からは2メートル近い大型サイズの注文もある。輸送はDHLなどを利用し世界中どこへでも対応している。
一枚が生まれるまで――オーダーメイドという体験
イタリアの顧客とは、日本画を手がける職人とともにウサギをモチーフにしたデザインを、下絵のやり取りを重ねながら仕上げていった。最初にイメージをすり合わせないと「思っていたのと違う」というトラブルになりかねないため、今では下絵の段階でしっかりと確認を重ねるようにしている。制作期間はおよそ3ヶ月。
サイズや技法によって幅は大きいが、気軽に手に取れる小さな一枚から、海外の邸宅を彩る特注の大型作品まで、予算に応じて相談できるのも片岡屏風店の特徴だ。
特注品から、気軽な一枚まで
片岡屏風店が手がけるのは、一点物の特注品だけではない。手に取りやすい価格帯のラインも展開しており、初めての一枚を気軽に迎えたい人にも間口を広げている。
特注品は、顧客のイメージを下絵の段階からすり合わせ、日本画を手がける職人と二人三脚で仕上げていく、いわば"世界に一枚だけ"の作品だ。一方で、より手に取りやすい価格帯のラインも、伝統的な技法をベースにしながら、屏風という存在を暮らしに取り入れやすい形に仕立てている。
はじめての一枚として気軽なサイズから始め、気に入ったら次はオーダーメイドで自分だけの一枚を、という楽しみ方もできる。屏風という工芸品との距離を、無理なく始められる選択肢がそろっている。
コラボレーションが広げる屏風の可能性
空間をリッチにし、あらゆるシチュエーションに溶け込む——そんな屏風の懐の深さは、数々のコラボレーションにも表れている。2017年頃からは、データを直接和紙に印刷して屏風に仕立てるアニメ・漫画コラボが始まった。墨田区とのつながりでは、東京オリンピックのボクシング会場となった両国国技館のプロモーション用屏風を制作した実績もある。
もう一つの象徴的な出会いが、アーティスト「Solid」とのコラボレーションだ。知人が開くハンバーガー店の内装用に屏風を依頼されたことをきっかけに始まったこの協業は、やがてストリートサッカー連盟の目に留まり、埼玉スタジアムでの大型ライブペイント屏風、さらには公式ボールの共同開発へと発展した。
「僕は特に何もしていないんですけどね」と三代目は笑うが、一つの偶然の出会いが次々と新しい仕事につながっていく様子は、屏風という素材の可能性の広さを物語っている。
2021年には、スウェーデンの現代アーティストとの出会いから、芸術助成を受けた国際プロジェクト「Unfolding Image」が生まれた。5人の海外アーティストが、和紙と木枠という伝統的な素材・様式だけをルールに、それぞれの表現で屏風を制作。翌年には東京のスウェーデン大使館で続編の展覧会として結実し、書籍としてストックホルムで販売されるまでに至っている。
「従来の屏風の枠を超えて、穴が開いていたり、形自体が屏風を超えているような作品もあって、正直"えっ、こんなのが来るのか"と思いました」
メーカーが主役になる時代へ
長年BtoBの受注生産にも携わってきた三代目は、BtoBとBtoCの構造の違いにも一家言を持つ。BtoBではブランド側の名前だけが表に出て、実際に手を動かす職人やメーカーの存在は見えにくい。しかしSNSの時代になり、つくり手自身が発信し、顧客と直接つながる術を持てるようになった。
「これからは問屋やブランドを介さず、メーカー自身がちゃんと価値を積み上げていくべき時代だと思います」
Virtual Sumidaで、屏風に出会う
三代目はこれまで、あえて本格的なECには力を入れてこなかった。画面越しにクリックするだけでは、屏風の本当の価値は伝わらないという思いがあったからだ。
「一度来てもらって、"やっぱり欲しかった"と思ってもらえるような体験がずっと理想でした」
だからこそ、3D空間で工房や製品を"理解した上で"購入できるVirtual Sumidaの構想には強い期待を寄せている。将来的にはメタバース空間の中で、来訪者がどの作品を見ているかをスタッフ側が把握し、その場で解説や接客ができるような体験を思い描いているという。
「特に海外の方は、ストーリーや背景、歴史をすごく大事にされる。だからこそ、ちゃんと"分かった上で"買っていただく体験を届けたいんです」
高円寺のヒップホップ少年は、いつしか屏風という一枚の"面"を通じて、世界中の人々と対話する経営者になっていた。世界に一つだけのオーダーメイドから、気軽に迎えられる一枚まで、あなたの部屋の空気を変える屏風がきっと見つかるはずだ。
Q&A
海外への発送は可能ですか?
可能です。DHLなどの国際輸送を利用し、世界中に対応しています。
オーダーメイドの納期はどれくらいですか?
デザインの内容によりますが、下絵のやり取りを重ねる特注品の場合、おおよそ3ヶ月〜が目安です。
予算はどれくらいから相談できますか?
気軽に手に取れる価格帯の商品から、大型の特注オーダーメイドまで、幅広い予算に応じて相談が可能です。
英語での問い合わせはできますか?
可能です。海外の顧客とは英語でメールやメッセージアプリを通じてやり取りしています。
実店舗を訪れなくても購入できますか?
Virtual Sumidaの3Dギャラリーで工房や商品を確認しながら、オンラインでの相談・購入が可能です。
